脳動脈瘤・もやもや病・脳動静脈奇形の妊婦の妊娠出産は可能│破裂するリスクを避けるために

『脳動脈瘤』『もやもや病』『脳動静脈奇形』があっても、妊娠・出産は可能です

しかし、100%安全に妊娠出産できるとは言い切れません。

『脳動脈瘤』『もやもや病』『脳動静脈奇形』でも、妊娠・出産はできます

脳の持病がある妊婦さんが安全に妊娠出産を終えるためには、事前に病気のことを産婦人科の先生に伝え、脳外科医と麻酔科医のバックアップのもと、妊娠・出産をしていくことが大切です。

妊娠する前に、『脳動脈瘤』や『もやもや病』などの脳の病気がすでにわかっている妊婦さんも多いです。

『脳の病気があらかじめわかっている妊婦さん』の、妊娠・出産のリスクは、『ケースバイケース』です。

ですが、『脳動脈瘤』や『もやもや病』があるからといって、妊娠してはいけないわけでありません。

 

脳海綿状血管腫の女性は妊娠できますか? ⇛ 医師の解答 (https://sato-nou.com/cavernous)

 

結論:『脳動脈瘤』『もやもや病』『脳動静脈奇形』でも、妊娠・出産はできます│ただし、リスクはあり

『脳動脈瘤』があるからといって、妊娠してはいけないわけではありません

また、『もやもや病』『脳動静脈奇形』があるからといって、妊娠してはいけないわけではありません

しかし、これらのような脳の病気があると、通常の正常妊娠と比べて、リスクは少し高い妊娠出産となることを、認識しておく必要があります。

脳の病気があっても、妊娠出産は可能

未破裂の脳動脈瘤・脳動静脈奇形の女性は、妊娠禁忌ではない.

Acciarresi M: Management of intracranial hemorrhage, unruptured aneurysms and arteriovenous malformations during and after pregnancy. Curr Opin Neurol 32:36–42, 2019

 

『妊娠中の頭痛』は注意が必要│MRIを撮影し、怖い病気を除外する必要あり

妊娠中の頭痛は、脳に何かが起こっているサインかもしれません

頭痛持ちの女性が、妊娠すると、普通は頭痛が良くなることが多いです。

それなのに、妊娠してから頭痛が起こってしまった場合は、脳で少量出血していたり、血栓症など、何かトラブルが起きている可能性があります。

特に、『妊娠高血圧(にんしん・こうけつあつ)』と言われている妊婦さんは要注意です。

気になったことがあれば、MRIを撮影できる脳神経外科を受診し、怖い病気がないことを確認してください。

当院では、妊娠3ヶ月以上で、かかりつけの産婦人科さんでMRIの撮影許可があれば、積極的にMRIを撮影しています。

 

『脳動脈瘤』『もやもや病』『脳動静脈奇形』の妊婦の出産は、帝王切開とは限らない

脳の病気があっても、必ず帝王切開というわけではありません

『もやもや病』や『脳動脈瘤』の妊婦さんは、出産するときの『いきみ』『過呼吸』が、くも膜下出血・脳出血・脳梗塞を起こす確率を上げるため、念のため帝王切開を選択されるケースが多いです。

帝王切開であれば、いきんだり、過呼吸にならずに出産できるからです。

最近では、硬膜外麻酔(こうまくがい・ますい)という下半身の麻酔をしながら、経膣分娩(けいちつ・ぶんべん)を選択する場合もあります。

もやもや病の妊婦が帝王切開をやるべきか、結論は未だ出ていないが、帝王切開をやることの方が多い

脳出血のリスクがある、もやもや病合併妊娠の 約60% は、予定帝王切開を施行.

しかし、もやもや病合併妊娠自体が帝王切開の適応か否か、の結論は出ていない.

富樫, もやもや病合併妊娠は帝王切開の適応か, 日本周産期・新生児医学会雑誌 53(1): 50-56, 2017

脳の病気がある場合、必ずしも帝王切開が良いというわけではない

帝王切開は、経膣分娩に比べて必ずしも有利であるわけではない.

Acciarresi M: Management of intracranial hemorrhage, unruptured aneurysms and arteriovenous malformations during and after pregnancy. Curr Opin Neurol 32:36–42, 2019

 

もやもや病とは?│脳の血管が狭くなる病気

もやもや病は、脳の血管が狭くなり、その狭くなった血管の周りに『もやもや血管』ができる病気です

もやもや病』は、『脳の中でも、特に大切な血管が狭くなる』という、『脳の血管の病気』です。

もやもや病は、これらの狭くなった血管の周りに、『もやもや血管』が新しく生えてくるため、この名前がつけられました。

日本人の女性に多いと言われています。

もやもや病の怖いところは、脳から血が出る『脳出血(のうしゅっけつ)』を起こすことや、脳の血管が詰まる『脳梗塞(のうこうそく)』を起こすことです。

英語でも、『moyamoya-disease(もやもや病)』と言います。

もやもや病とは?│ウィリス動脈輪閉塞症

  • もやもや病はアジア人女性に好発する進行性の脳血管疾患
  • 内頚動脈終末部に狭窄ないしは閉塞とその周囲にもやもや血管と呼ばれる異常血管網を認める

富樫, もやもや病合併妊娠は帝王切開の適応か, 日本周産期・新生児医学会雑誌 53(1): 50-56, 2017

 

もやもや病は、妊娠するまでに診断されていることが多い

もやもや病は、妊娠するまでには既に診断されていることが多いです

もやもや病は、40歳未満で発見されていることが多いです。

ですので、女性のもやもや病の場合は、妊娠するまでに、『手足のしびれ』『意識を失う』『てんかん』『頭痛』などの症状で脳外科を受診して、既に診断がついていることが多いです。

もやもや病は、脳のMRIを撮影することで診断されます

もやもや病は、妊娠するまでに診断されている事が多い

  • もやもや病の男女比: 男:女 = 1: 1.7-2
  • 発症年齢: 10歳未満と30-40歳の二峰性分布

Kato R: Anesthetic management for cesarean section in moyamoya disease: a report of five consecutive cases and a mini-review, International Journal of Obstetric Anesthesia 2006; 15: 152-158

『妊娠前に診断されているもやもや病』は、安全に出産しやすい

妊娠前にもやもや病が診断されている場合は、安全に妊娠・出産できることが多いです

『もやもや病の妊婦』でも、あらかじめ病気(もやもや病)がわかっているか、わかっていないか、で妊娠・出産の安全性が違います。

あらかじめ、病気がわかっている場合は、医療者側のチームが事前に対策を立てられるため、安全に妊娠出産できる場合が多いです。

あらかじめ『もやもや病』と診断されている妊婦の方が、安全に妊娠出産できる

妊娠前に診断されている、もやもや病の周産期予後は比較的良好.

細谷, 分娩時に頭蓋内出血を発症したもやもや病の1例, 日本周産期・新生児医学会雑誌 54(2): 675-675, 2018

『もやもや病』が妊娠中に診断された場合は、命を落とすことも多い

『妊娠中に脳から出血して初めてわかった もやもや病』は、命を落とすか、大きな後遺症が残る

本当はもやもや病が潜在的にあっても、妊娠前にそれらの病気が診断がついていない場合は、妊娠中に脳から出血して診断されることがあります。

その時は、妊婦さんは、命を落としてしまったり、大きな後遺症を負うことが多いです。

妊娠中に脳出血でわかったもやもや病は、妊婦の死亡率が高い

妊娠中に初めて診断されたもやもや病のほとんどは出血型であり、高い確率で死亡もしくは重篤な後遺症を残す.

細谷, 分娩時に頭蓋内出血を発症したもやもや病の1例, 日本周産期・新生児医学会雑誌 54(2): 675-675, 2018

脳動静脈奇形とは?│生まれつきの血管の奇形

『脳動静脈奇形』は、生まれつきの脳の血管の奇形です

『脳動静脈奇形(のう・どうじょうみゃく・きけい)』は、生まれつき、脳の血管に異常がある奇形です。

『脳動静脈奇形』は、脳出血(血管がやぶれる)や脳梗塞(血管が詰まる)を起こすことがあり、特に妊婦では、脳の血管トラブルが起こる確率が少し上がります。

脳動静脈奇形の女性は、妊娠すると脳出血の確率が少し上がる│米国データ

脳動静脈奇形の女性が妊娠すると、脳出血を起こす確率がわずかに上がります

1990年の少し古い米国マサチューセッツのデータでは、脳動静脈奇形の1年間の出血率が、妊娠していない状態では 3.1%だったものが、妊娠すると 3.5% と、ほんのわずかに上がりました

2012年の同様にマサチューセッツ(米国)の別の病院のデータでは、『脳動静脈奇形の女性が妊娠すると、脳出血を起こす確率が 8.1% まで高くなる』という研究報告がありました。

これだけ差はあるものの、『脳動静脈奇形の女性は妊娠してはいけない』というところまでは結論づけられていません。

脳動静脈奇形の女性が妊娠すると、脳出血を起こす確率が上がるが、その差はわずか│マサチューセッツ(1990年)

脳動静脈奇形の年間出血率:

  • 妊婦でない場合 3.1%
  • 妊婦の場合 3.5%

Horton JC: Pregnancy and the risk of hemorrhage from cerebral arteriovenous malformations. Neurosurgery 27: 867-71, 1990

妊娠中に脳動静脈奇形が破裂する確率は、妊娠前と比べて高くなる│マサチューセッツ(2012年)

脳動静脈奇形の出血率は、妊娠すると8.1%と高くなる.

Gross BA: Hemorrhage from arteriovenous malformations during pregnancy. Neurosurgery 2012; 71: 349-356

妊娠中に脳動静脈奇形が破裂したら、手術した方が良い│同じ妊娠中での再出血率が高い

妊娠中に脳動静脈奇形が破裂した場合は、手術した方が良いです

妊娠中に脳動静脈奇形が破裂して脳に出血した場合、主治医の先生から手術を勧められたら、手術を受けた方が良いと思ってください。

手術をした方が良いのか、一旦手術なしで様子を見た方が良いのかは、実際にはケースバーケースです。

しかし、そのまま様子見だった場合、同じ妊娠期間中に再出血する確率がとても高いため、不安な状態のまま妊娠出産を継続することとなります。

脳動静脈奇形が1回出血すると、再出血する確率が高い

脳動静脈奇形が、脳出血を1回起こすと、同じ妊娠中に再出血する確率は 26% ととても高い.

Ogilvy CS: Recommendations for the Management of Intracranial arteriovenous malformations: A Statement for Healthcare Professionals From a Special Writing Group of the Stroke Council, American Stroke Association 2001; 32: 1458-1471

 

 

出産の時の『いきみ』『過呼吸』が脳卒中を引き起こす

 

  1. いきみ
  2. 過呼吸

『いきみ』と『過呼吸』は、出産時の脳卒中のリスクが上がります

しかし、これらの動作は、普通に分娩するときには必要な動作です。

ですので、『いきみ』『過呼吸』をせずに出産ができる『帝王切開』が選択されることも多いです。

ただ、どのような『脳動脈瘤』や、どのような『もやもや病』のときに帝王切開にするのか、明確な決まりや基準はなく、ケース・バイ・ケースであり、普通分娩が選択されることももちろんあります。

脳出血で命を落とす妊婦は多い│妊婦死亡原因の第2位

脳出血は、妊婦の死亡原因の第2位です

妊婦の死亡原因の第1位は、『出産時の出血多量』です。

妊婦の死亡原因の第2位は、実は『脳出血』です。

妊娠中に脳出血で脳の潜在的な病気が見つかることもある

脳出血は妊産婦死亡の原因疾患として、産科出血に次ぐ2番目に多い疾患.

 

31歳妊婦が脳出血を発症し、もやもや病と診断された例

  • 妊娠27週1日 頭痛・吐き気で脳出血を発症、脳出血の原因は、もやもや病と診断.
  • 妊娠36週0日 予定帝王切開を実施

水野, 妊娠中の脳出血により診断したもやもや病合併妊娠の1例, 日本周産期・新生児医学会雑誌 54(2): 674-674, 2018

 

安全に出産する工夫│硬膜外麻酔による無痛分娩

  1. 麻酔なしで経腟分娩
  2. 麻酔を併用して経膣分娩(硬膜外麻酔)
  3. 意識がある中で帝王切開(腰椎麻酔・硬膜外麻酔)
  4. 眠った状態で帝王切開(全身麻酔)

もやもや病の妊婦さんが出産するときに、帝王切開を行う他に、部分的に麻酔をした状態で、ふつうに下から産む『経膣分娩(けいちつ・ぶんべん)』を行うこともあります。

このときの麻酔は、『硬膜外麻酔(こうまくがい・ますい)』を行うことがあります。

このときに、麻酔をしっかりと効かせるために、計画的に分娩の誘発を行い、その分娩直前に合わせて麻酔を行います。

帝王切開のときは、腰椎麻酔・硬膜外麻酔の方が、全身麻酔よりも多いです。

帝王切開の時の麻酔は、腰椎麻酔・硬膜外麻酔が多い

腰椎麻酔は、『脊髄麻酔』や『脊髄くも膜下腔麻酔』と呼ばれています。

帝王切開の麻酔は、全身麻酔(眠る麻酔)よりも、腰からの麻酔(眠らない麻酔)の方が多い

帝王切開の際の麻酔は、脊髄麻酔あるいは硬膜外麻酔が用いられることが多く、次いで全身麻酔が用いられている.

松村, もやもや病, 産科と婦人科 81(5): 595-600, 2014

 

硬膜外麻酔による経膣分娩は、帝王切開よりも出産のときの血圧が安定しやすい

硬膜外無痛分娩は、帝王切開術と比較して分娩中の収縮期血圧の変動幅が有意に小さかった.

もやもや病合併妊娠において、硬膜外無痛分娩は、分娩時の血圧変動が小さく、重篤な脳血管イベントを増加させない、安全な分娩様式であると考えられる.

稲山, もやもや病合併妊娠の分娩管理 : 過去20年間の検討, 産婦人科の進歩 68(2): 173-173, 2016

もやもや病合併妊娠に、区域麻酔をして経膣分娩するケースもある

区域鎮痛下経膣分娩は分娩様式の選択の幅を広げる可能性があると考えられた.

細川, もやもや病合併妊娠症例の分娩様式に関する後方視的検討, 麻酔 65(8): 811-816, 2016

腰椎麻酔(脊髄くも膜下腔麻酔)と硬膜外麻酔を組み合わせて、意識がある中で帝王切開するケースもある

CSEA(脊髄くも膜下硬膜外併用麻酔)での帝王切開:

  • T12/L1 硬膜外麻酔
  • L3/4 腰椎麻酔

江田, もやもや病合併妊娠に対する帝王切開術の麻酔経験, 日本臨床麻酔学会誌 40(6): S255-S255, 2020

分娩を人工的に誘発し、分娩の予定日に合わせて麻酔をかける方法もある

もやもや病合併妊婦の経膣分娩を目指す場合に、計画的な分娩誘発を検討し、血圧上昇傾向となる以前より確実な無痛分娩を開始.

分娩第二期短縮のために吸引分娩または鉗子分娩とすることで血圧上昇を抑制した分娩管理ができる可能性がある.

富樫, もやもや病合併妊娠は帝王切開の適応か, 日本周産期・新生児医学会雑誌 53(1): 50-56, 2017

 

【重要】妊娠中にもし破裂してしまったらどうする?│助けるのは『お母さん』の方

妊婦・胎児とも救命が難しい時は、『妊婦』を助ける方を優先します

妊婦さんが脳出血や脳梗塞などの病気を発症して、お母さん(妊婦)と赤ちゃん(胎児)の両方の命を助けることが難しい場合は、『お母さんの方を助ける』という『母体優先の原則』があります。

『母体優先の原則』があります

非常に悩ましく、患者さん側、医療者側ともに苦渋の選択になります。

脳の病気が見つかっている場合は、妊娠前に『母体優先の原則』をよく知った上で、あらかじめ大枠の方針を固めて、妊娠に望む必要があります。

 

脳動脈瘤が破裂すると『脳死状態の妊婦』からの帝王切開もあり得る

脳の中で出血すると、『脳死状態の妊婦』に帝王切開して胎児を救命する場合もあります

脳出血やくも膜下出血になると、あっという間に植物状態になってしまう妊婦さんもいます。

妊婦さんがほぼ脳死に近い状態や、植物状態の場合でも、脳以外の臓器は動いているため、胎児は生存しています。

その場合は、他の家族から了承を得て、脳死状態・植物状態の妊婦さんに帝王切開を行うこともあります。

このようなケースでは、医師間の治療の共通のみちしるべとなる『ガイドライン』が存在せず、それぞれのケースにチームで家族と十分に相談して対応していく必要があります。