【医師が解説】尿崩症の診断|治療|下垂体と抗利尿ホルモン|バソプレシン

尿崩症(にょうほうしょう)は、濃度の薄いおしっこがたくさん出てしまう病気です。

尿崩症は、ホルモン異常が原因ですが、その他の原因のこともあります。

一度、診断がついてしまえば、安全に普通どおりの生活を過ごせます

治療は、主にホルモン補充であり、薬は一生必要になりますが、予後は非常に良好です。

 

尿崩症(にょうほうしょう)とは?

尿崩症は、おしっこ(尿)が、異常な量でてしまう病気です。

尿崩症の時の尿は、濃度が非常に薄くなります

脳下垂体から出る『バソプレシン』の量が少ないか、効きが良くないと尿崩症が起こります。

また、躁うつ病での治療中に、薬の副作用で尿崩症が起こる事もあります

薬の副作用で尿崩症になる場合は原因となっている薬を一旦中止します。

しかし、薬の副作用で尿崩症になっている確率は低く、尿崩症と診断がついた場合は、バソプレシンが不足しているパターンが多いです。

その場合は、体内のバソプレシンを補充することで、治療していきます。

 

尿崩症の原因

  1. 下垂体
  2. 腎臓
  3. 薬の副作用
  4. 遺伝

尿崩症の原因で最も多いものは、下垂体に異常がある場合です。

この場合は、脳のMRIを撮影して診断します

他に、薬の副作用の場合もあるので、今までのお薬手帳を病院へ持っていき、確認してもらうようにしましょう。

尿崩症の原因(医療者向け)

 

  1. 特発性(原因不明)
  2. リンパ球性下垂体炎
  3. IgG4関連下垂体炎
  4. 悪性リンパ腫
  5. 胚細胞性腫瘍
  6. サルコイドーシス
  7. ランゲルハンス島組織球症
  8. 血管炎・肉下種
  9. 遺伝
  10. 脳外科手術後
  11. 外傷

下垂体が原因の場合|中枢性尿崩症(医療者向け)

『下垂体の後葉からバソプレシンが出ない尿崩症』を、『中枢性尿崩症』と言います
下垂体後葉(かすいたい・こうよう)から、バソプレシンと言うホルモンが不足すると、中枢性尿崩症(ちゅうすうせい・にょうほうしょう)になります。
下垂体の後葉は、原因不明の炎症が起こる事があり、これを『リンパ球性下垂体炎(りんぱきゅうせい・かすいたいえん)』と言います。
原因不明の尿崩症の場合、実はかなりの割合が、『リンパ球性下垂体炎』の可能性が高いと言われています。
中枢性尿崩症は、本質的にはホルモン不足が尿崩症の原因ですので、ホルモン補充をすれば、症状は良くなります。

『原因不明の尿崩症』は、実は『リンパ球性下垂体炎』が多い

特発性尿崩症は、かなりの割合で自己免疫機序によるリンパ球性下垂体後葉炎であることが知られている.
辻本, 日本内分泌学会雑誌サプリメント(日本間脳下垂体腫瘍学会) 96(suppl): 17-20, 2020

下垂体の手術の後の尿崩症(医療者向け)

下垂体の腫瘍を取った後に、尿崩症になることがあります
下垂体に腫瘍ができると、手術で腫瘍を取ったりします。
その時の手術の操作で、下垂体が傷ついたりすると、手術の後からおしっこが止まらない尿崩症を発病することがあります。
一時的な尿崩症は、半分くらいの確率で起こるという報告もあります。
また、下垂体の手術の後に尿崩症が一生残ってしまう確率も1割程度あります。
手術の時にやさしく操作しても起こり得る合併症のひとつです。

下垂体の手術後の尿崩症の発生率

下垂体の病気に対する内視鏡手術後の術後尿崩症の発生率は、一過性の尿崩症が 1.6-45%、尿崩症が一生残る場合が 0.3-10% ある.

Ajlan AM, Diabetes Insipidus following Endoscopic Transsphenoidal Surgery for Pituitary Adenoma. J Neurol Surg B 2018; 79:117-122

腎臓が原因の場合(医療者向け)

ホルモンの効き目が悪くなっている状態を『腎性尿崩症』と言います

ホルモンは脳からきちんと出ているのに、ホルモンの効きが悪い場合は、腎性尿崩症と言います。

治療は、脳が原因の場合の尿崩症(中枢性尿崩症)とは、まったく異なります。

妊娠中に尿崩症になることもある(医療者向け)

妊娠中の尿崩症は、10万人中、4人の確率

妊娠中は、赤ちゃんに送る血液の分だけ、水分や血液が必要になります。

それに伴い、体の水分量を増やす『抗利尿ホルモン(バソプレシン)』が、必要になります。

日本国内でも、もともとバソプレシン量が少ない女性が妊娠して、尿崩症を発病した例が報告されています。

妊娠後期に発症した一過性尿崩症の一例

本症例は、妊娠により増加するバソプレシンの需要を代償できず、潜在性の中枢性尿崩症が顕在化したと考えられた.

山内, 日本内分泌学会雑誌 95(2): 724-724, 2019

心因性尿崩症|水の飲み過ぎが原因

水を飲み過ぎて、尿がたくさん出るだけのこともあります
水を飲み過ぎると当然、尿の量と回数が増えます。
この尿の増加が、尿崩症っぽく見える場合があります。
この場合は、不安やストレスが原因で、水ばかり飲んでしまうことが原因となり、『心因性尿崩症』と言います。

薬の副作用による尿崩症

薬の副作用で尿崩症が起こる時は、炭酸リチウムが原因のことが多い

薬の副作用で尿量が多くなる時は、躁うつ病の薬の『炭酸リチウム』が原因のことが多いです。

原因となっている薬を休薬すると、約1か月で、尿崩症症状が改善することが多いです。

 

尿崩症の症状

  1. おしっこがよく出る
  2. ノドが乾く
  3. 冷たいものを飲みたくなる
  4. 氷をなめたくなる

尿崩症は、おしっこがよく出る病気です。

ですので、体中の水分が失われ、ノドがとても乾きます

また、冷たいものを飲みたくなるという特徴があります。

氷をなめたくなる、という症状の方も多いです。

これらの症状がある場合は、尿崩症を疑って、おしっこの検査と、血液の検査を行っていきます。

尿崩症を疑うデータであれば、脳のMRIも併せて撮影します。

尿崩症の症状|医療者向け

尿崩症の主症状

  1. 口渇
  2. 多飲
  3. 多尿

間脳下垂体機能障害の診断と治療の手引き(平成30年度改訂版)

 

尿崩症の診断

  1. 尿検査
  2. 血液検査
  3. MRI

尿崩症の病状の診断に、血液検査と尿検査は必須です。

血液検査と尿検査で、尿崩症の重症度の度合いがわかります。

また、尿崩症の原因の診断に脳のMRIは大切です。

脳のMRIを撮影すると、尿崩症であれば、下垂体の信号に異常が出ます

さらに、尿崩症の原因が、下垂体が大きく膨らむ『リンパ球性下垂体炎』の場合は、『ステロイド治療』を行う場合も多く報告されています。

尿崩症の中でも、細かい診断がつくことで治療が変わります。

尿崩症の診断|医療者向け

中枢性尿崩症の診断

  1. 尿量: 成人で1日3000mL以上、小児で1日2000mL以上
  2. 尿浸透圧: 300mOsm/kg以下
  3. 高張食塩水負荷試験でも、バソプレシン分泌の低下
  4. 水制限試験でも、尿浸透圧が 300mOsm/kg 未満
  5. バソプレシン負荷試験で、尿浸透圧が 300mOsm/kg以上に上昇

間脳下垂体機能障害の診断と治療の手引き(平成30年度改訂版)

尿崩症の脳MRI|医療者向け

尿崩症の時は、MRIで下垂体の後葉に異常信号が出ます
尿崩症を疑った場合に、脳のMRIは重要です。

尿崩症の場合は、下垂体の後ろの部分(下垂体後葉)のT1強調画像での高信号が消失します。

中枢性尿崩症の下垂体後葉のT1高信号が消失

MRI T1強調画像において、下垂体後葉輝度の低下を認める.

間脳下垂体機能障害の診断と治療の手引き(平成30年度改訂版)

 

尿崩症の治療

  1. 飲み薬(ミニリンメルト)
  2. 鼻スプレー(バソプレシン)
  3. 注射(ピトレシン)

尿崩症の治療では、ミニリンメルトの飲み薬での治療が現在の主流となっています。

自宅でも簡単に使えるからです。

ただ、中には状態が悪く飲めない人もいます。

その場合は、鼻スプレー薬や、注射を行っていきます。

以前は、鼻スプレーが多かったですが、鼻から同じ量を吸うのは難しく、毎日の効果にばらつきがあるため、現在では、飲み薬での治療が好まれています。

ピトレシン注射は、下垂体の手術の直後の入院中に行います。

 

ミニリンメルト飲み薬のポイント

  • 1日2回の使用に留める
  • 『薬が効いていない時間』をつくる
  • 空腹時に飲む

ミニリンメルトの飲み薬では、『薬が効きすぎないようにすること』が最大のポイントです。

この薬に限っては、薬が効いていないことよりも、薬の効きすぎの方が怖いです。

つまり、少なすぎる分には良く、多すぎる方が危険なのです。

1日3回以上飲むと、薬が効いていない時間が作れません。

きちんと薬が効いていない時間を作って、薬の効果が切れるのを確認してから、次の分を飲みましょう。

 

尿崩症の治療の注意

『低ナトリウム血症』にならないように、弱めの治療から開始する

尿崩症の治療が弱いと、尿量が多過ぎる状態のままになります。

かと言って、治療が強すぎると水分が体内に貯め込まれ過ぎて、体内の塩分濃度(ナトリウム濃度)が薄くなってしまいます。

体内の塩分が薄くなると、ぼんやりしたり、調子が悪くなります。

ですので、『尿崩症の治療をやや弱めから開始して、尿が出なくなったら、1回休薬する』などの調整が必要になることも多いです。

ミニリンメルトは、空腹時に飲む

ミニリンメルトは、胃に食べ物が残っていると、薬が効きにくいです

ミニリンメルトは、空腹時や食間に飲む薬です。

食後のまだ胃に食べ物が残っている状態だと、薬が効きにくくなります。

なるべく、空腹の時に飲んで、薬の効果を毎日同じように保つことが生活上のポイントになります。

ミニリンメルトは空腹時に飲んだ方が良い

経ロデスモプレシン製剤(ミニリンメルト)は、食直後に内服すると吸収が不良となるため有効血中濃度の持続時間が短縮し,結果的に薬効が低下する.

このため、内服は食前または食間に行うよう服薬指導する.

岩崎, 中枢性尿崩症, 日本医事新報 (4973): 48-48, 2019

ミニリンメルトは量が増えると、長く効く

ミニリンメルトを増量すると、『尿がより濃くなる』のではなく、『効果が長持ちする』が正解

尿崩症の飲み薬『ミニリンメルト』は、量を増やすと、効果が長持ちします。

ミニリンメルトは、『尿を濃くする薬』なので、増量すると、より尿が濃くなるイメージがあります。

しかし、実際は、尿がより濃くなるわけではなく、尿を濃縮する効果がより長持ちします。

ミニリンメルトを増量しても、尿の濃縮力はそれほど変わらない│効果が長持ちする

増量によって「尿の濃縮力が増大する」というよりは、「薬効の持続時間が延長する」ということが主たる作用.

西崎, デスモプレシンによる夜尿症治療, 夜尿症研究 25: 19-25, 2020

 

リンパ球性下垂体炎を伴う場合の治療

ステロイド治療を併用する場合もあります
リンパ球性下垂体炎を伴う尿崩症の場合は、ステロイド治療を行うこともあります。

中枢性尿崩症を呈しステロイド治療したリンパ球性下垂体炎の一例

リンパ球性下垂体炎は比較的稀な疾患であり、ステロイド治療により特に下垂体前葉機能が改善するという報告が多く認められる.

橋詰, 日本内分泌学会雑誌 95(2): 721-721, 2019